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第4回 ボイス読書会 「幕末純情伝」 10月29日

第4回ボイス読書会を開催します。

つかこうへいの「幕末純情伝」を題材として取り上げます。
– 沖田総司は実は女性だった
意外な奇想で知られますが、男と女、理想、希望、青春、野心、プライド、怨念、悲哀、憎悪、そして愛がアラベスクを織り成し、むせ返るほどの情熱の迸る作品です。
野暮な解説はいたしません。

絶版となっていますが古本をAmazonで入手できます。古書店の通販でも入手可能。
単行本で159ページですが、歯切れのよい掛け合い多数なので2時間30分ほどで読了する見込みです。

音読をたっぷり楽しみましょう。

【題材】
「幕末純情伝」 つかこうへい
白水社版を各自お持ちください

【定員】
6名まで (会場都合のため)

【日時】
2017年10月29日(日曜) PM1:00〜PM5:00

【場所】
駒込地域文化創造館 4F 第4会議室
東京都豊島区駒込2-2-2

【費用】
参加費:無料
会場使用料:800円を割り勘します

【当日の流れ】
自己紹介:名前と抱負と自己アピール
ブリーフィング:主催者が題材について簡単な説明をします
配役:役どころの割り振りを行います
音読:課題本を音読します
休憩:適度に休憩します
音読:読了するまで音読します
感想交換:感じたこと思ったことをシェアします
意見交換:疑問や意見をシェアしてディスカッションを楽しみます
二次会:盛り上がりに応じて二次会を行います

●参加申込
こちらの申込フォームからどうぞ。

<レポート> 第2回 ボイス読書会 「友達」 8月27日

うだるような暑さとなった8月27日に第2回ボイス読書会「友達」は行われました。
場所は駒込地域文化創造館。参加者4名。
外の空気よりも熱く進行しました。
待ち時間が多すぎもせず少なすぎもせず、4名体制でちょうど良かったと感じます。

今回もたいへんご好評いただいております。
皆様に堪能していただけて主催者冥利に尽きます。

また音読と演劇が混淆一体となった衝撃は前回と同じく今回もありました。
黙読とはまるで違う、段違いに理解が深まるといった声をいただいております。
何かの鉱脈を掘り当てた気がします。

読了後のディスカッションの抜粋をご紹介します。

・アウトプットすることが新鮮
・前近代では読書は朗読だった、黙読するようになったのは近代以降のこと
・かつて地方はしがらみが強かったが都市化によってしがらみは薄れた
・しかし今またつながりを求められている
・現代では弱い紐帯が注目されている
・「土足はひどいじゃないか」と言われて靴を脱ぐ場面、これはすり替えである。こうしたすり替えを行う人はいる
・思い込みの強い人の思い通りになる社会の状況がある
・前近代と都市化が交錯する舞台
・電話が役割を果たしている
・男性が電話を所有しているのはリッチなこととして描かれている
・個人や核家族の勃興した時代を感じる
・男は会社で身辺のことを話さないのか疑問である
→会社では言っていないのではないか?
→都会の孤立?
→男は元から孤立していたのでは?
・理由なく不条理に友達として迫られていることが不気味
・最初は暴力を振るわれないだけマシだと読んでいた
→あがりこまれるが、近所付き合い、人付き合いのある男であったならば、このような被害は回避できたのではないか?
・三男の賭け
→待望する人々、ゴドーを待ちながらに通じる不条理性の挿話
・婚約者の兄
→家族にとってあるべき男の姿なのでは?
・多勢に無勢だと自分がおかしいと思うのではないか?
→洗脳や警察の自白の強要に一脈通じる
・心理学の実験で棒を選択するというのがある、どちらが長いかを選ばせる
→みんなの意見に反対しないものを選ぶようになる
・逆らいさえしなければ世間だったのに…とは、世間
・何故殺したのか?
→彼らの思想を受け入れなかったから?
→男の孤独癖のため?
・この人たちには悪気ある?ない?
→ない
・この家族に血のつながりはあるか?
→ない
・前近代での旅芸人を彷彿させる集団である
・男性が生き延びるためにはどうすれば良かったか?
→彼らの思想を受け入れていれば良かったのではないか?
・その時代の流れ(強い紐帯から弱い紐帯に移行しようとする人たち)を汲み取り、旧来のあり方からの移行を描いた作品として考えると上手に作ったものだと思う
→排除の現象学が倒錯して表象されている
・カッコつきの常識に過ぎないことへの警鐘を読み取れる
→最後のシーンは家族の価値観対男の価値観?
・あれは粛清だったのだろうか?
→粛清の手法に似ているのは確かなこと
・当時の社会情勢、過激派学生の存在を背景としているのでは?
→赤軍派もまた疑似家族である

会の雰囲気は伝わりましたでしょうか。

音読宣言

既存の読書会は紹介型と探究型に大別可能である。紹介型は持ち寄った書籍の紹介を発表する。探究型は課題本の読み合わせを通じて読みを深める作業を共有する。紹介した本をその場で交換するなど、亜流も有り得よう。いずれであれ、参加する者の目的意識によって、興味深い体験となる。
隆盛を祈願するばかりである。

ボイス読書会が模索するのは、いずれにも分類不可能な形態である。紹介型や探究型と比較するならば、それは体験型と言えよう。紹介しない。探求もしない。読書を体験するのである。

黙読は効率が良い。恒常的に音読する者は多くはあるまい。ところが読者が自ら音を発することによってこそ身体性が向上する。音読の体験が扉を開く回路が存在するのである。この回路は既存の表現では演劇等舞台芸術に於いて模索されている。朗読によっても模索可能である。だが朗読は孤独な作業である。実現困難性の高い体験と言えよう。もっと実現容易な音読体験は存立し得るのであろうか。
ボイス読書会は演劇的に役割分担して行う音読に可能性を見出している。
朗読の困難を超克するのみならず、演劇性の獲得を通じて開ける地平線には朗読では獲得不可能な体験の顕現までをも期待している。現出した場はいったい如何なる様相を示現するであろうか?興味津々である。

既存の読書会とは異なる形態を造形し確立することを通じて愛書家に更なる発見と感動と喜びを届ける。ひいては本邦の文明文化の進化と深化に貢献しついには人類文化へと寄与する。
卑近にして偉大な理念を実現するためにボイス読書会は誕生するのである。